経営者インタビュー詳細

株式会社力の源カンパニー
代表取締役 河原成美
vol.01

http://www.chikaranomoto.com/

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1952年福岡県生まれ。
1979年最初の店レストランバー「AFTER THE RAIN」を立ち上げる。
1985年「博多 一風堂」一号店を開店するとともに、力の源カンパニーを設立。
以来、一風堂を展開するほか、数多くの飲食事業のプロデュース、コンサルティングを手掛ける。

 

基準値の高いラーメンを世界に広めていきたい。
世界のラーメンのパイオニアになるということですね。

一風堂をスタートした頃、業界を変えていくんだという大義をもって、醍醐味を感じながら夢中で走っていました。

竹内:全国に54店、海外に3店を展開する「博多 一風堂」の経営者としての河原社長のご活躍は、メディアなどを通して多くの方が知っていらっしゃると思いますが、本日は経営者として、今後どのような事業展開を考えているのか、を中心にお話しを進めていきたいと思います。
まずは、力の源カンパニーの基盤である「一風堂」をスタートさせた経緯をお話しいただけますか?

河原社長:一風堂をオープンしたとき、ぼくは33歳でした。
当時、「AFTER THE RAIN」というレストランバーを経営していたのですが、かっこよくておしゃれな若い人たちが毎晩集まってくるバーとして、とても繁盛していたんです。
人気繁盛店のマスターとして、充実した日々を送っていましたが、心は次なる夢に向かっていました。「AFTER THE RAIN」をスタートさせた時から「33歳でもう一店舗出店」するという具体的な目標を掲げていて、そのための店をどんな業態にしようかと考えていたんですね。
当時、ラーメン店といえば、女性から汚い、かっこわるいと敬遠されていた業態でしたし、サービスやクレンリネスのレベルも低く、飲食業態としては未開発の分野でした。
そこで、「AFTER THE RAIN」に来るような女性たちが、行きたい!と思うような綺麗でかっこよくて、もちろんおいしいラーメン店をつくれば必ず商売になると確信したんです。個店・家業しかなかったこの業界で、どの町でも、おいしくて、かっこよくて、きれいで、サービスレベルも高いラーメンを提供する事業を発展させたい、ラーメン業界を変えたいと、生意気にもそんなことを考えたんです。

竹内:河原さんは、昔から、世の中にないもの、新しいマーケットに興味を持つ好奇心旺盛な方だったのですか?

河原社長:けっして、そんなことはないと思いますよ。僕が商売を始めた30年くらい前は、日本の市場は、何にもなかったんですよ。市場ができあがっていなかった。特に飲食業は、まだ産業としても認識されていなかったくらいですから、チャレンジできる要素がいっぱいありました。
今の時代は、大変だと思います。うどん、もつ鍋、たこ焼……さまざまな業態が出尽くした感じがしますし、新しい業態と言っても、なかなか思いつきません。
通りの数メートルの距離の間に数店舗もラーメン店が乱立している。異常な風景ですよね。それくらい飽和状態にあるということです。
ぼくが一風堂をスタートした頃は、可能性があって楽しかったですよ。業界を変えていくんだという大義を抱いて、醍醐味を感じながら夢中で走ることができましたから。

海外に出店することによって、ビジネスの本質が見えてきたり、ビジネスのさまざまなヒントがみつかったりするんです。

竹内:そんな飲食飽和状態の時代になって、河原さんは「力の源カンパニー」をどのように成長させようと考えているのでしょうか。

河原社長:日本市場における「一風堂」ブランドを確固たるものにするために、これからも積極的に国内に出店していきます。また、総合粉食業態を目指していますので、M&Aも考えています。
さらに、今は、海外の市場がとてもおもしろいと感じています。海外の飲食ビジネスは、規模感が日本とは全く違います。日本では、狭い坪数で売上げを上げている店主が優秀な店主であり、美徳のようになっていますが、これはまさに日本的飲食ビジネスの考え方だと思います。
日本の飲食ビジネスで成功するのは、「単品・専門店」業態で、且つ狭いこと。一方で、海外の飲食店の規模は、全く違います。
ぼくが海外で初めて手掛けた店は500坪でした。オペレーションのしくみを作るのは簡単ではありませんでしたが、一日の来店数は800名から1000名。多くの人に来店してもらえる店舗は、やっぱりおもしろいですよね。

竹内:海外のラーメンの味は、日本の味と同じにしていらっしゃるんですか?

河原社長:よくラーメン店の店主の方で、「味を変えない」のがこだわりと言っている人がいます。しかし、それは勘違いだと思うんです。僕は現地の方が「おいしい」と思ってくださる味を提供するほうが重要だと考えています。こだわっているという方に聞きたい。「何にこだわっているのか」「誰に何を伝えたいのか」と。味を変えないこだわりよりも自分の美学をつくりあげて、概念を理解してもらうことのほうが重要だと思うんです。
日本のラーメン業界は、ラーメンを変に神格化しすぎている気がします。まつりあげているというのでしょうか。海外は、もっと考えが自由です。単純に「おいしいか、おいしくないか」で判断する。
また、日本のテイストに少し変化を加えることで、ラーメン、あるいは他のメニューに新鮮味が加わっていくのも魅力です。日本のビジネスモデルの焼き直しでスタートしたつもりが、その国や土地の求めているものに影響を受けて、どんどんブラッシュアップされていきます。
海外に出店することによって、ビジネスの本質が見えてきたり、ビジネスのさまざまなヒントがみつかったりするんです。

竹内:NY、シンガポールと「一風堂」を出店されて、順調な海外進出とお聞きしています。
今後も積極的に海外出店を進めていかれるのですか?

河原社長:これから数年で、世界にたくさんの店舗を出店したいと思っています。海外向けとしては高級ラーメンと大衆向けラーメンと2種類の業態を展開したい。海外の提携先も続々と決まっていて、今後出店ペースが加速していくでしょう。
海外で食べるラーメンは、総じておいしくない。水、空気、気温、素材などが違うのだから、日本と同じ味にこだわるのではなくて、その土地土地でおいしいラーメンをつくるべきなんです。生意気ですが、一風堂が進出することによって、海外のラーメンの基準値を上げていきたい。一風堂が福岡から横浜ラーメン博物館に進出して、ラーメンの基準をつくったように、それを世界に広げていきたいと思っています。
世界は日本だけで商売するのと違って、対象となるマーケットの大きさも比べ物にならないくらい大きい。1億人対象ではなく、少なくとも10億人を対象にしたいですね。きっと、僕たちが進出した後に、多くのラーメン店が追いかけてくるでしょう。チェーン店だったり、個店だったり……でも、まずは、僕たちが先頭で走っていって、その国、その土地のラーメンのおいしさの基準をつくる。
そう、世界のラーメンのパイオニアになるということですね。風俗、習慣、人種も異なる人たちを対象に基準をつくっていく。開拓していく。これは、最高に魅力的なテーマです。

「力の源カンパニー」には、クリエィティビティのある人に参加して欲しい。

竹内:そんなステージに立っている力の源カンパニーに必要な人材とは、どんな人材でしょう。どんな人に入社してきて欲しいですか?

河原社長:覚悟がある人、です。責任感があり、人に頼らない人。自分で考える力のある人。クリエィティビティのある人です。そして、管理職意識ではなく、リーダーになれる人。そんな人に参加して欲しいと思っています。
我が社の成長には、豊かな発想力を持ち、それを具体的な収益の出るビジネスにつなげていける人材が必要です。これまで力の源カンパニーが培ってきた経営資源を存分に活用して、事業を拡大していける人材。近い将来、経営幹部として活躍してくれる人に、ぜひ入社してもらいたいと思っています。

竹内:「一風堂」を中心とした今後の事業展開・目標についてお聞きしてきましたが、河原さんご自身のこれから叶えたい夢はありますか。

河原社長:「力の源カンパニー」の事業としてスタートしたばかりのチャイルドキッチンはラーメンや餃子、パンなどを子どもたちに実際に作ってもらう、粉食体験型施設です。また、農業法人も設立しましたが、広い土地に研修施設や農業体験コーナーなどを作っていきます。こうした運動を全国に展開し、強い地域コミュニティを作っていく。さらに、その地域コミュニティのネットワークを作りあげていく。それが僕の夢の形のひとつです。
弱くなってしまった日本が、再び強く元気な国なるためには、コミュニティとネットワークが大切だと思っています。日本が変わるためには、やっぱり子供たちの笑顔です。そのために目に見える活動にしたいと思っています。

竹内:河原さんのようなかっこよくて、楽しくて、実行できるパワーがある先輩が存在しているのは、本当に頼もしく、幸せなことだなと思います。

河原社長:よく商売も人間も影みたいなものって思うんですよ。
後世に名を残すってどういうことだろうって。人生ってなんだろうって。ほんとうに儚いものだと思うんです。
でも、だからこそ、等身大で肩から力を抜いて、そしてベストをつくす。素直に、謙虚に、そして誠実に生きていきたいと思っています。

日時:2010年8月27日(金)
形式:株式会社力の源カンパニー 河原社長・スピリッツ社長 竹内 対談

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